<ざっくり言うと>
  • 杉田水脈が「反日日本人がいなくなりますように」と、国民の一部を勝手に「反日」認定して排除しようとする戦時中のような言論統制発言をする。
  • そんな杉田水脈をわざわざ引き入れ、小選挙区では受からないから比例で当選させた自民党は、国民を「非国民」扱いした戦時中の日本と変わらない全体主義思想の政治団体である。
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こんな奴が国会議員をやっているという事実が実に信じがたい。これは去年の杉田水脈の七夕のお願いである。
「反日日本人がいなくなりますように」である。実に驚愕すべき頭の悪いお願いだ。


このツイート時点では落選中だったので正確には国会議員ではないが、国会議員になろうという人間が、国民の一部を「反日日本人」扱いして「いなくなりますように」など、信じがたい発言である。


言うまでもないが、国会議員を始めとして、全て公務員は全体の奉仕者である。一部の思想の持ち主のみに奉仕するのではない。自分が気に食わない思想の持ち主を「反日」扱いして、「いなくなりますように」と発言するなど、国会議員としての資質にそもそも欠けている。


この杉田の発言を、「反日がいなくなるのはいいことでしょ。何がわるいの」と擁護する者もいる。


だが、「反日日本人」とは何だ?


安倍政権を批判するだけで「反日だ」と言ってくる者もいる。同じ自民党の石破茂でさえ「反日」扱いされてしまうぐらいだ。その連中にとっては、「反日日本人がいなくなりますように」は、「安倍政権批判を許さない」ということに他ならず、権力批判をさせないというディストピアの思想でしかない。


井上太郎のように、核武装に反対する者を「反日」扱いするような奴もいる。このような考えのものにとっては、「反日日本人がいなくなりますように」とは、「核武装に反対する思想は許さない」という意味になる。

その一方で、安倍晋三や杉田水脈こそ反日だという考えもある。
安倍晋三を批判すると「反日」、安倍晋三を支持しても「反日」。


このように、「反日」などという言葉は、立場が真逆の人間がお互いを刺すときに使えてしまうものであり、お互いに「反日日本人」認定して「いなくなれ」などとやっていたら、日本人全てがいなくなってしまうだろう。


そもそも、「右翼」だろうが「左翼」だろうが、自分が「日本のため」と思うことをやっているのである。明治維新の時に、倒幕も佐幕も、どちらも自分が日本のためになると思っていたように、何を「日本のため」だと考えるかが違うだけであって、誰も「反日」で行動などしていない。


杉田水脈の言う「反日日本人」などという言葉は、杉田水脈の考えに沿わない人間以上の意味を持たない。


日本には戦時中に戦争に非協力的な人間を「非国民」として排除・弾圧した歴史がある。そのことを知っていれば、国権を握る人間が国民の一部を「反日日本人」などとレッテルを貼って「いなくなりますように」などと言えるわけはない。杉田水脈の発言は、国民を「非国民」扱いして弾圧した、言論統制の思想そのものである。


さらに驚愕なのが、杉田のこのツイートが、昨年の6月だという点だ。これは衆議院選挙の前である。


こんな発言を平気でする杉田を、自民党はわざわざ党に引き入れ、小選挙区では受からないから比例代表で当選させたのだ。しかも、その後っも例のLGBT発言など問題行動を繰り返しているのに、何のおとがめもなしである。つまり、杉田のこれらの発言を自民党は容認しているわけであり、言い換えれば、自民党の見解と一致していると言えるのである。


国民がお互いに「反日日本人」とレッテルを貼り合って排除しようとすれば、行き着くところはディストピアである。また、国会議員が「こういうのが反日だ」と決めて「反日日本人」が「いなくなる」ようにするのであれば、それは言論統制にほかならず、北朝鮮や中国がやっていることと全く同じだ。「反革命的」ということで国民を弾圧する北朝鮮と、寸分違わない。


杉田水脈とはこういう人間であり、こいつがどういうやつか知ったうえで自民党はこの女を国会議員にしたのだ。杉田水脈と自民党は同罪であり、日本の言論の自由の敵であり、民主主義の敵である。奥民を「非国民」扱いした、戦時中の全体主義思想そのものだ。


自由と民主主義に価値を置く人間であるならば、日本を北朝鮮のようにしたくないのであれば、自由民主党だけは絶対に何があっても支持してはいけない。

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